自分の神性を自覚する

体調を崩し、休んでいる時に目に留まった言葉をシェアします。

自然の神性を見失うことは、自分の神性を見失うこと

大地をコンクリートアスファルトで覆い隠し、大地と水の境界線はコンクリートで仕切り、森の木は過剰に切り倒し、湿地や湖沼は埋め立て、高層ビルや人工物で大空を隠し、満天の星の夜空を灯りと汚れた空気で打ち消し、季節の移ろいを五感で感じることができない空調設備の中で過ごし、自然の川のせせらぎや滝の音、風の音、虫の音よりもテレビの映像や音楽を優先させ、人工的に整備された農薬漬けの公園を自然と勘違いさせる。

自分で食べる食材も、どこでどのように育ち収獲されたのか知らないまま、原形をとどめないくらいに加工されてから購入する。そして、食品添加物、医薬品、電磁波、化粧品、嗜好品、化学物質、環境汚染など、繊細な感性を鈍らせるものが蔓延する生活の中で、気づかないうちに聖なるものとの繋がりを見失っている。

聖なるものへの心が向いていなければ、すべての行為は自我意識により歪んでしまします。

人は自然の中に生まれたのに、不自然な生き方をする不思議な生き物になってしまいます。

不自然な環境、不自然な社会の中に浸かり、本来持っているはずの心身の健全さや純粋さにさえ気づかずに、さらに自ら不自然さを追い求めてしまうという生活では、魂の飛躍的進歩は望めません。不自然な社会にあっても、不幸中の幸いか、車の運転のように、ほんのわずかな時間だけ瞑想に近い状態になりやすい環境を創り出す機会もあります。

自分の心に眠っている驚くほどの純粋さに気づき、健全さを保つために自然と一体化することがとても大切です。

自然界では、共存共栄と調和が基本です。私たちの社会も、本来は現代のような競争状態にあるのではなく、すべての存在の深い部分では調和して存在しています。お互いが競争相手ではなく、より輝く世界を構築するために相補関係にあるのです。なぜなら、私たちはもともと調和のとれた大自然の一部だからです。

不自然な社会の中にだけ閉じこもっていれば、それに気づくことは難しいでしょう。

神の顕れである自然を尊びながら自然の中に入っていきましょう。

空の果てしない広がりと青さ、大地の安定感と暖かさ、花の美しさ、湧水の清らかさと柔らかさ、樹木の忍耐強さと逞しさとしなやかさ、岩の力強さ。私たちの深い意識は、宇宙の意識と密接に繋がっています。

五感と第六感をすべて使って大自然と共鳴することで、より純粋意識に近づきます。

いつも有難うございます。

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